トリートメントという表現
26 10月
子供のくせにトリートメントなんて使わなくていいと言われたものだ。シャンプーだけで、脂分がある子供にとっては、フケ、かゆみになるトリートメントはしないほうがいい。しかし、おしゃれをしたくなった年齢になると、女の子なんだからトリートメントをちゃんとしなさいと言われたりする。親は勝手だ。彼氏を作ることは許さないと言っている年齢もあれば、早く嫁に行きなさいということもある。それだけ心配しているとも言えるが、子供にとっては迷惑だ。 親は、子供の幸せを一番に願っている。それは、納得できる。それだけに、余計に心配したりすることもまた親である。しかし、自分を犠牲にしてでも、子供には幸せになってもらいたいということが普通のことであるのに、我が子を殺すというありえないニュースがよくある。ごく一部の人間は、子供の虐待などをして不幸にする。私の中では考えられないことではあるが、健康的に問題があっても、生まれた子供を可愛がるというのが普通なのに。 普通というのはなんなのか。たしかに、普通は一般的な多数の意見ということで、普通と正しいことは必ずしも一致しない。多くの人が賛成しても、ひょっとしたら数少ない少数意見の方が正しいことだってある。それでも、民主主義の国では多数決で多いほうが正しいということになってしまう。トリートメントも子供も本当はしたほうがいいのかもしれないが、なんとなく親の意見は絶対的なものがあり、それは正しいと思っていたが。実際はただもったいなかっただけかもしれない。


